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恐 れ 

2021年5月15日

このメッセージを理解したらなにも身構えることなく楽に自然体で生きられることと思います。そうしたら自身から本来持っているエネルギーがどんどん外にあふれてくるんだろうなあ。。・:*:・゚`☆

よし、時間を取って深く自分と向き合ってみよう!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今のこの三次元地球における
現象世界で、
皆様が行動、活動を
しているその基本要因は
100%恐れにあるようです。
原点として肉体維持のために
仕事をします。
源の恐れです。
より快適にと、
より良い環境、
より良い待遇を得ようと
頑張ります。
見下されることを
恐れる人は、
常に上を
目指さなければなりません。
基本環境が整うと、
その維持に躍起になります。
せっかく築いた環境を
失いたくないからです。
まわりの人達と
うまくやっていくために
気を使い、
より優れようと
努力します。
誤解されないよう、
悪く思われないよう
細心の注意が必要です。
常に気が抜けません。
持たないことを恐れ、
持ったらそれを
失うことを恐れます。
どんなモノも
手に入れたとたん
壊れ始めるからです。
あなたの
エゴの観点から見れば、
決して恐れから
逃れることは出来ません。
恐れは、
逃避しようと
すればするほど、
エネルギーを増して
あなたを襲ってきます。
恐れの解消法は
2種類あります。
ひとつはこれまであなたが
チャレンジしてきた古典的やり方、
すなわちあなたの外側にある現実に
対処するというやり方です。
攻撃して撃退するか、逃げ出すか、
そのどちらかですが、
そんなやり方では絶対に
究極的安心感が得られないことは
もうすでにご存じの事でしょう。
そろそろ恐れの根本原因である
あなたの内側の価値観に
意識を向け始めるときが
来たようです。
人は愛する人を得たいと
努力してきました。
愛する人のいない生活に
意味を見いだせないのです。
「存在する事の価値」
に気付いていない人は、
愛されるに値する人間に
ならなければなりません。
「仲良くしたい」も、
「愛されたい」も、
基本的には孤立することを
恐れているからです。
まわりの人達からの
拒絶を極端に恐れ、
偉くなりたい、
人に褒められたい、
認められたいという衝動に
対処しているわけです。
愛を分かち合う人が
出来たら出来たで、
今度は一度得た友人や愛人を、
失わないようにと
日夜努力が要求されます。
「存在する事の価値」
に気付いていない人達は、
傷つくことを恐れています。
他人からの拒絶を恐れます。
では、どうして
拒絶されることを
恐れるのでしょうか?
拒絶の恐れは、
人から嫌われたら
生きづらくなる、
不利である
という程度のものに
すぎないのですが、
人は今や拒絶そのものを
恐れています。
拒絶されたと判断したとたん、
心は猛烈な反撃を開始します。
「存在」が傷つくことなど
あり得ないというのに・・・。
でも本当はあなたを
拒絶することを目的として、
あなたを拒否する人が
いるわけではありません。
あなたが拒絶されたと
判断したその相手は、
単に自分が傷つかないように
防衛しているか、
すでに傷ついてしまった心を
癒そうとして、
そのような態度を
とっているにすぎないのです。
そんな傷つきやすい人を
恐れる必要などないのです。
あなたが常に
愛を持って接していれば、
どんな人も
恐れる必要なんかありません。
人に愛を持てなくなるのは、
あなたが傷つくからです。
人は「無条件の愛」
という言葉を聞くと、
それが素晴らしいことであることを
誰でも知っていながら、
でも自分には出来ないと言います。
それはこれまでの自分の人生の中で、
人に優しく出来なかったときの
記憶があるからです。
どんな時、
人に優しくできなかったか
思い出してみて下さい。
人に意地悪な思いが
わいてきたのは
決まって自分が傷ついていた時、
イライラしていた時で
あったはずです。
ですから大切なことは、
あなたが
傷つかないようにすることです。
気分のいいときは、
誰でも人に優しくなるものです。
では自分が
傷つかないようにするには
どうすればいいのでしょうか。
あなたはこれまで
他人の言葉や態度によって
傷ついた記憶があるので、
自分が傷つくのは
他人のせいであると
勘違いしていますが、
実は他人の態度を契機として、
あなたの内面にある
否定的価値観が
表面意識に
上がってくることによって、
あなたは傷つきます。
あなたを傷つけ続けているのは、
あなたの抱いた
否定的価値観です。
他人の態度が
あなたの手放すべき考え方を
教えてくれているわけです。
「このくらいしてくれて当たり前」、
「このくらい出来るのが常識」
と思っていると、
してくれない相手を咎めます。
出来ない相手に苛立ちます。
あなたの「あの人は冷たい」
という思いが
あなたの心にトゲを刺します。
あなたを
イライラさせる張本人は、
この「してくれて当たり前」、
「出来るのが常識」
という考え方にあります。
すべきであるといった
断定的考え方が
あなたの心を傷つけます。
どうか勇気を奮って、
「そんなの当たり前、
誰でもそう思っているのだから」
という考え方を
全て手放して下さい。
あなたの思っているみんなも
間違っているかも
しれないのですから。
自分ひとりだけ非常識なことを
するのを恐れないで下さい。
誰かがやり始める必要が
あるのです。
これまで使い古されてきた
常識という固定的価値観を、
白紙に戻すことによってのみ、
こ の社会は変わり始めます。
この社会を変えるのに
弁舌を持って他人を
動かそうとしても変わりません。
社会はあなたの反映なのですから。
あなたひとりが
その意識を変えることによって、
あなたの見える宇宙全てが
変わってしまいます。
地球を変えるのに、
あなたひとりの意識の
変容で事足りるのです。
他人の抱いている固定観念を
変えようと
努力する必要はないのです。
もしもあなたのまわりの誰かが、
光り以外の
何かに見えているとしたら、
それはあなたの中に、
何らかのかげりがまだ残っている
という証拠にすぎません。
あなたがある人を嫌いだとしたら、
その人の欠点を見つけだしている
自分に気付いて下さい。
その人の中に見える欠点を、
欠点と認識するために使った
あなたのモノサシは何でしょうか。
他人を良くないと
判定するための尺度に用いた
あなたの価値観を見つけて下さい。
その価値観の
対極にある考え方は何ですか。
その対極する価値観を使って
あなたの判断の天秤ばかりが
バランスするように
持ってきて下さい。
あなたの価値観を
ニュートラルにするという事です。
あなたの抱いてきた価値観が、
「どちらでもよい」
とニュートラルになると、
そのことに対して
比較することが
出来なくなります。
比較するための
尺度がないからです。
比較しなくなったら
判断もできません。
このとき、
人は初めて判断しない人生を
生きられるようになってきます。
比較するな、判断するなと
教えられても、
モノサシを持っている以上、
瞬間的に無意識に条件反射的に
判断が起きてしまうものです。
あなたの抱いている全ての、
善し悪しの価値観を
手放して下さい。
あなたの疑うことのない正しさに
対局する価値観をさがし、
価値をバランスさせ、
ニュートラルにして下さい。
この時、
人は比較判断が出来なくなります。
判断しなくなったあなたの心は
揺れようがありません。
こうして人は不動心を獲得します。
正しさを握っている限り、
社会の現実を見て、
心を動かさないではいられません。
正しさを持っている限り、
そこに悪を発見するからです。
不動心を得た人は、
現実を感情を交えず
見ることが出来るようになります。
即ちあるものを
あるがままに観るわけです。
全てのものを、全ての人を
正観出来るようになります。
見えてくるものの奥にある
「存在」が
感じられるようになってきます。
「ただ在る事のすばらしさ」が
わかるようになってきます。
至福に満たされます。
存在の美しさ、存在する事の
素晴らしさを実感します。
決して変わることのない、
永遠の巨大な存在を
感じられるようになってきます。
「私は今なぜこんなに
頭が悪く、力が無く、
矛盾だらけのジレンマの社会に
生きているのか? 
私が神であるはずがない」
と考える人は、
「だから我々は互いに掛ける迷惑を、
最小限に止められるよう我慢しあって
ひっそりと生きていかなければいけない」
という考え方が正論となります。
これまでの考え方です。
この反対に、
自分が神である事を疑わずに
真理の中心にすえた時、
「ではなぜ、神であるはずの私が
矛盾をとく智恵がなく、
問題を解決する力がないのか」と、
その解答を用意する必要が生じます。
神である我々が、
ジレンマ社会にいるとしたら、
それを体験してみたくて、
ちょっと遊びに来ている
のだとしか考えられません。
子どもが恐いジェットコースターに
わざわざお金を払って
遊びに来るように・・・。
そして全ての現実を創っている
自分が
創造者であることを受け入れたとき、
自分のまわりで起きる全てに
責任を取ったとき、
もはや永久に被害者には
なり得なくなります。
被害者にならないとは、
もはやあなたは永遠に
傷つくことがないということです。
もう自分は傷つくことがない、
自分は永遠に安全であると
想像してみて下さい。
どんなに安らかに
くつろげることでしょう。
自分はそのためにこそ、
これまであくせく頑張ってきた
のだとは思いませんか? 
本当はその感覚が
欲しかったのではありませんか?
そうなのです。
自分に起こってくる
現実の総てに対して、
自分が責任を取ったとき、
あなたはその瞬間から
永遠にくつろげる豊かで、
自由な存在へと変わります。
これは難しいことではありません。
単に
「自分の見るもの聴くものは総て
自分のハイヤーセルフが、
私のために創り出して
くれているのだ」
という、この一点を
受け入れてしまえば
それで終わりです。
それだけであなたは
完全なる安全を手にします、
完全なる安らぎに浸れます。
どうか恐怖から逃れようと、
責任を取ることを
回避するのではなく、
勇敢に総ての責任を
受け入れて下さい。
本当に「総て」にです。
永遠に傷つかない人だけが、
永遠に人に優しくできます。
それが無条件の愛の
体現者のことです。
すなわち「無条件の愛」を
体現するための必須要件が、
自分が
傷つかないということです。
あなたが
永久に傷つかなくなったとき、
あなたが
永久に被害にあわなくなったとき、
それは即ちあなたの世界から
完全に加害者が消える
瞬間でもあります。
あなたの世界に
加害者を出現させていたのは
即ちあなた自身だったのです。
あなたが
自分を守りたかったからです。
そうさせたのは
あなたの恐れなのですが、
あなたが
「自分を守ろう」
と決めたとき、
ハイヤーセルフは
あなたの希望どおり
守らねばならない敵を
あなたのために
用意して下さいます。
あなたの唯一最大の敵は
「自分を守ろう」
という思いにありました。
どうか進んで勇気を奮って
自分を解放して下さい。
「守る必要なんか一切ないのだ」
という一見無謀な考え方を
受け入れてみて下さい。
そこから
あなたの安心がやってきます。
その時あなたの世界から、
あなたを攻撃するものが
消えていきます。
天災にもあわなくなります。
事故も起きなくなってきます。
それを創っていたのが
あなたの「自分を守る」
という理性に
あったのですから・・・。
「自分を攻撃していたのは
自分の思いであった」
「自分の心を揺さぶっていたのは
自分の抱いた価値観にあった」
こんな簡単な理屈を、
人はやっと理解できるところまで
意識が上がってきたようです。

                    ~津留晃一の世界~




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信じるものを見る ~津留晃一の世界

2021年3月27日

ちょっと長いですが必要な人の元へ完璧なタイミングで届きますように☆彡

人にとって目に見えないものを
信じるという事は
なかなか難しいことのようです。
誰も自分が確信できないものを
信じようとはしません。
しかしこの思考パターンを
少し変更せざるを得ない現実が
最近確認され始めました。
その最たるものが
量子物理学の世界です。
量子のミクロ世界では、
見ようとする対象物は必ず見る側の
影響を受けるというものです。
我々人間の目は光で
物を識別認識しますが、
ミクロ対象物はこの光により
大きくゆがんでしまいます。
即ち見ていないときと
見ているときでは
全く別の形を
呈していることになります。
ということは、
我々が見ているものは、
我々が見ていないときの物とは
全く別の物であるという事です。
これまで我々は
一体何を信じてきたのでしょう。
目にした物しか
信じようとしなかったのに、
見ているものは真実を
表してはいない
という事になります。
アインシュタインが
言っているように
我々人間は
エネルギーそのものです。
そしてそのエネルギーは、
人の個性通り
別個のエネルギーを
持っています。
私が
社員Aを見るとき、
社員Aは
私のエネルギーによって
影響を受け、
変化しています。
そして社員Aの友達が
社員Aを見るとき、
今度はその友達のエネルギーが
社員Aに影響を与え、
そこには社員Aの友達から見た
社員Aが誕生します。
即ち社員Aは
見る人の数だけ存在し、
絶対的社員Aなる者は
存在しないということです。
このことを認識していない
社員Aの同僚二人が
社員Aについて議論しているところを
想像してみて下さい。
その議論がかみ合わなくて当然です

そして常日頃我々は
こういう不毛の葛藤を
体験し続けています。
あなたに知っていただきたい事は、
あなたが見ている世界は
あなた独自の
ユニークな宇宙空間であり、
二つと同じ宇宙は
存在していないのです。
あなたが認識している世界は
あなただけの世界であり、
そしてあなたの前にいる社員Aは、
あなたの世界とは全く違う
別宇宙の存在であるということを
しっかり骨の髄まで
しみ込ませて欲しいのです。
この三次元物質世界に
存在する全ての物は、
互いにまわりの物から
影響を受け合います。
あなたの前にいる全ての人は、
あなたの影響を受けた
あなた独自の人物です。
あなたの奥さんは
あなたによって
変形認識された奥さんであり、
奥さんそのものとは
かけ離れた
存在であることに
気付いて下さい。
気に入らない
奥さんがいるとしたら、
それはあなたの
エネルギーが創り出した
あなたの宇宙にのみ存在する
奥さん像であり、
実体ではありません。
たとえそれがどんなに
リアルに見えたとしても・・・。
あなたの前に
無能な社員がいるとしたら、
それはあなたが創り出した
虚像であり、
実体ではありません。
そう見えている自分の
見方に注意を払って下さい。
無能な社員を
なんとかしようと
考えるのではなく、
自分の見方、とらえ方に
意識を向けて下さい。
虚像である社員を
あなたが変えることなど
出来ません。
あなたに可能なことは、
自分の認識の変更です。
社員の欠点を発見している
自分に気付いて下さい。
本当の意味において、
あなたが目にしている社員は、
あなたの認識が描き出した
幻影であることを信じて下さい。
あなたの前にいる人は
どんな人もその本質において
光そのものです。
大いなる光が
ただあなたの意識の進化を
手助けするためにのみ、
あなたの前に
姿を変えて現れます。
あなたの意識の進化を
サポートする全ての
虚像の在り方を信じて下さい。
あなたを困らせようと
意図する人は誰もいません。
深い意味において
あなたは誰かから
傷つけられることは
絶対にありません。
あなたに見える全ての存在、
あなたに聞こえる全ての言葉は、
ただあなたを進化へと
誘うためにのみ存在します。
この世界は
あなたが信じたものを
見る世界です。
あなたの観念が
あなたの世界を
創造しています。
人は
創造エネルギー
そのものです。
あなたは毎瞬毎瞬
あなたの空間を
創造し続けています。
あなたが、
「いや俺はこんな世界を
創り出した覚えはない」
と言ったとしても
それが事実です。
あなたの潜在意識にしまっている
あなたの先入観念が、
現実を作り続けています。
どの瞬間も休み無く。
あなたが存在し続ける限り、
あなたの創造作業は
無意識のうちに
永遠に続いています。
なんと素晴らしいことでは
ないでしょうか、
この現実が全て
自分で生み出している
物だとすれば、
自分の思い通りの世界を
自分で生み出すことが
出来るということになります。
見たものしか信じない人は、
今の自分の現実から
自分の限界を認識します。
見たものしか信じない人が、
自分の意識が
世界を創り出していると
認識することは
なかなか難しいことでしょう。
自分の無意識が現実を創り、
自ら生み出した幻影を見て
自分の信念を持ち、
その新たな信念がさらに
限定された現実を生み出し、
その現実を見てさらに
自分の考えを確信していきます。
そしてますます見たものだけを
信じるようになります。
自分が制限された存在であると
信じ切っている人は、
その制限の中で自分のベストを
尽くそうとがんばります。
制限された人間は
がんばらなければ
何もできないと
確信しています。
がんばらなければ
何もできないと
確信している人は、
がんばらない人間を
だめな人と感じます。
だめな人という認識が
人を裁きます。
そしてその人を裁く不快感が、
ストレスを生み出し、
体内に蓄積され続けます。
その不快感は
だめな人が
いるからだと勘違いして、
その人を遠ざけるか
自ら逃げ出そうとします。
ストレスが生じるのは
他人のせいだとしか
考えられないためです。
本当の原因は
自分の誤った認識にあります。
がんばらなければいけない
という価値観です。
しかし私がそう言っても、
このがんばらなければいけない
という価値観を
人は捨てる事が出来ません。
それはがんばらなければ
自分もだめになってしまう
と感じるからです。
自分の中にある価値観は、
他人に向かっても使い、
そして、自分に向かっても
使われるからです。
人は自分の信じたものを
見ています。
自分の信念が
その心の立体鏡として、
現実という
幻影を生み出します。
ですからあなたが
その考え方を変えた瞬間から、
あなたの現実は
変わり始めます。
実はあなたが見ているものは
実体のない幻影にすぎません。
あなたの机に確かな堅さという
手応えがあることも
たんなる錯覚にしかすぎません。
目に見えない世界からの
インスピレーションを
私はたんに信じてみました。
そして今、
私は大きく変わり、
私の世界は様変わりしました。
この世界は
膨大な見えない
世界にささえられた
結果の世界のようです。
意識を、
見えている物から
その奥にある
見えない世界に向けて下さい。
そこから
あなたの変容が始まります。

                        ~津留晃一の世界より




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善悪をこえて~津留晃一の世界

2021年1月16日

善悪をこえて~津留晃一の世界

善悪とは表裏一体であると思います。

ある出来事を悪と定義したと同時にその反対の善も定義されていきます。
またその反対に善と定義たとたんに悪(者)も同時に創造してしまう。

人に意地悪をする人は最低だ!と強く思えば思うほど自分の人生に意地悪な人が登場してきます( ̄□ ̄;)

善悪の判断は必要なことですがあまり「正しい」にとらわれてしまうとその反対の出来事(人)も自分の創造した現実に招いてしまう事になってしまいます。

光は輝けば輝くほど、意識すれば意識するほどにその影(闇)も同じように強くなっていきます。

むずかしいけどこの善悪の海に溺れてしまわないようになりたいですね。`/(*-_-*)ヽ


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

加害者
私達は、
自分の否定するものによって、
自らを傷つけています。
あなたが肯定するものは
あなたを優しく包み込み、
あなたに力を与えてくれます。
あなたは
あなたの身のまわりに
起こってくる出来事の
ひとつ、ひとつを
丹念に観察し、
受け入れてゆくことによって
自分の本質へと帰っていきます。
この宇宙において、
あなた自身を
傷つける事が出来るものは、
あなた自身の
考え方以外には存在しません。
あなたは、
あなたが「良くない」と
考えているものによってのみ
傷つきます。
あなたの心の中に
「良くない」
というものがなくなった時、
あなたは他人から、
そして環境から
傷つけられなくなります。
その時あなたは
自分自身のマスターと
なります。
人はいつもいつも、
あれは良くない、
これは良いと、
毎瞬毎瞬、
判断を下していますが、
自分が良くないと判断する
基準となっている
モノサシには気付きません。
ひとつ身近な話題で
お話しします。
「会社の社員旅行に行った時、
同室の人のいびきがうるさくて
眠れなかった」
と言う人がいました。
よくある日常会話だと思います。
取るに足らないささいな問題で、
普段気にも止めない事だと
思いますが、
実はこんなささいな問題の方が
ずっと多くのことに
気付けるのです。
痛みが小さく、
その現実の中に
のめり込まないで
済むからです。
その人は
いびきをかいている人から
迷惑を受けた被害者で、
いびきをかいた人が
加害者という事になりますが、
それは本当でしょうか? 
もし人が
いびきの音によって
安眠が妨げられたというのなら、
電車の騒音の中で
うたた寝している人達は
一体どういう事に
なるのでしょう
なぜ人のいびきは
嫌なのでしょうか? 
「嫌なものは
嫌なのだから仕方がないだろ」
人は訳もわからず嫌いなものを
「生理的に嫌いなのだ」と
説明を付けて済ませてしまいます。
しかし、そうなると
あなたは自分ではその問題を
どうすることもできない
ということになってしまいます。
自分一人では解決できない、
他人の問題だと
考えざるを得なくなります。
ですから
あなたはその人から
遠ざかることに
意識が向かってしまいます。
嫌いなものがあると、
あなたは他人から
分離せずにはいられないのです。
どうしてそれが嫌いなのか、
そのことに
意識を向けてみてください。
「どうやって嫌いなものから
遠ざかるか」ではなく、
それが嫌いな理由を探してください。
嫌いな理由は
あなたの内側にありますから、
それは
あなた一人で解決がつきます。
嫌っている原因が
見つかったら、
あなたはもう二度と
逃げ出す必要がなくなるのです。
「それはその通りでしょう。
嫌いなものがなくなれば
一番いいに決まっている。
でもいびきなんて
誰だって嫌いでしょう。
別に僕だけが
嫌っているわけでは
ないじゃないですか」
という思いが
わいてくるのが
これまでの習慣でした。
我々はこれまで人と比較して、
他人の受け入れている考え方を
受け入れる
という癖が
染みついてしまっていて、
人と同じであるという
モノサシによって
自分の正しさを
はかり続けてきました。
他の人と同じ考え方であれば
正しいと判断し、
それ以上考えることは
なかったわけです。
ですからあなたは
あなたの親と同じ苦しみを
体験していながら、
そのことについてはそれで良いと
自分を
納得させ続けているわけです。
それは仕方のない事だと
自分を
コントロールしているわけです。
この世には
我慢しなければならない
こともあると錯覚しています。
そんな人が
大人であると
いわれてきたわけです。
あなたが他人のいびきが
嫌いなわけは、
いびきをかくのは
「良くないこと」だと
思っているからに
他なりません。
あなたは親から
こう言われ続けてきました。
「こんな夜中に
騒いではいけません。
近所迷惑でしょ。
静かにしなさい。
少しは人のことも
考えなさい」と。
素直な子供は
「そうか夜中に
大きな物音をたてることは
悪いことなのだ」と、
親の言葉を受け入れます。
両親に
生存権を握られている幼子は、
こうして
自分のしたいことではなく、
親のしたいように
動き始めるわけです。
そして
「夜中に騒音をたてるのは
悪いことだ」
という固定的価値観が
出来上がります。
単にそれだけの事です。
「いびきがうるさくて
眠れなかった」
と言いますが、
私の妻は
電車に乗ったとたん、
こっくりこっくりと
居眠りを始めます。
それは電車の音が、
まるで子守歌でも
あるかのようです。
音量は、人のいびきよりも
電車の騒音の方が
明らかに上でしょう。
フルボリュームで
スピーカーを鳴らしている
ジャズ喫茶の中で、
うたた寝している光景も
何度も目撃しています。
うるさいから
眠れないというのは嘘です。
いびきが気になるのは
その騒音の故ではなく、
「夜中は静かであるべきだ」
とする
あなたの考え方から
来るものです。
あなたの心には
「夜は静かにしないといけない」
という思いがあり、
その思い通りでないところに
あなたはストレスを感じます。
ストレスは
純粋な意識の葛藤作用です。
ですから思いがなければ
ストレスは
起こりようがないのです。
人はジャズ喫茶の中に
音を求めて入ります。
そこには音があって
当たり前なのです。
電車の中では
騒音は当たり前と
あなたは考えています。
あなたが当たり前と
考えているものとは、
あなたが
受け入れているものです。
あなたが受け入れたものは、
もはやあなたの外にはなく、
あなたと一体です。
あなたは
あなたが一体となった
ものから
被害を受けることは
ありません。
どんな騒音も、
その存在を
受け入れているものは
あなたと
分離していないのです。
あなた自身と同化した、
あなた自身の一部である
音の中で、
あなたは
すやすやと安らかな眠りに
落ちて行くわけです。
どうしていびきと
同化できないのでしょうか。
それはあなたが
それを良くないものと
考えているからです。
「良くない」と思ったとき、
あなたは
そのものから分離します。
あなたが
分離したものは
あなたに
影響力を持ち始めます。
宇宙の創造主である
あなたから分離したものは
あなたと
同じ力を持っているからです。
「夜は静かに
しなければいけない」
という考え方を
受け入れているあなたは、
その考え方と一体です。
こうしてあなたは
夜に騒音をたてるものに
生理的嫌悪感を
感じるように
なっているのです。
あなたが
受け入れているものは
あなたの味方となり、
あなたが
拒否しているものが
あなたの敵となります。
夜中に大騒ぎする
あなたのお子さんは、
あなたの固定観念を
ぶちこわすために
この地球へ降りてきた
尊い光の存在だと
考えてみてはどうでしょう。
あなたが生理的に
嫌っているどんなものも、
このいびきと同じです。
あなたに
生理的に嫌いな人が
いるとしたら
どうぞ自分の内側に入り、
自分のハイヤーセルフに
質問してください。
「私が彼女(彼)を
嫌っている原因は
何でしょうか」と。
もし、「意地悪」
という思いが浮かんできたら、
それが原因です。
あなたは
意地悪な人が
嫌いなのです。
それは意地の悪いのは
良くない
と思っているからです。
私も含めて
人はみな意地悪です。
意地悪でも
いいじゃないですか。
どうぞ意地悪な自分を
許してあげてください。
意地悪でも
いいじゃないかと思えた時、
あなたはその価値観の真ん中、
ニュートラルな位置に
立っているといえるでしょう。
あなたはずる賢い人が
嫌いかもしれません。
自分本位な人が
許せない人かもしれません。
そして自分の狡賢さに
気付いたとき、
あなたはショックを受け
落ち込みます。
そんなことにならないよう、
あなたのエゴは
いつも実に巧みに
言い訳を思いつきます。
「私は
あれもしなければいけないし、
これもしなければいけない、
とても忙しくて
私には出来ないのだ」と。
でもエゴは他人のために、
この巧みな自己弁護能力を
決して使おうとはしません。
だから人は依然として
嫌いな人を避け続け
なければならないのです。
あなたは自分勝手な人が
許せない人ではありません。
よく考えてみれば
わかることです。
誰だって
自分勝手に
ふるまいたいのです。
それが
自由を求める人の
本質なのですから。
でもあなたは
子供の頃、両親に、
そして学校の先生に
こういわれ続けてきました。
「わがままはいけないよ。
自分勝手にしてはいけません」と。
そしてあなたは
その考えを受け入れ、
社会の常識に
同化してきました。
生まれたままの
あなたのあるべき本質から
ずれてしまいました。
それがあなたの
根元的ストレスの源です。
あなたはすでにに
身の内にストレスの元凶を
抱え込んでいます。
「・・・はいけない」
とする考え方のことです。
宇宙には
良いも悪いも
ありません。
宇宙は
ただあるだけです。
あなたは
自由そのものです。
それを犯すことが出来るのは
あなた自身の考え方
以外にはありません。
あなたが生まれてから、
社会によって渡されてきた
人間の固定的価値観を
手放す時がやってきました。
意地悪でいいのです。
自分勝手でいいのです。
それはリンゴの
薄い皮のようなものなのですから。
この世は
幻影の世界なのですから。
あなたは
皮をまとった純粋な
リンゴそのものです。
皮によって
中身が犯されることは
あり得ません。
そんなニュートラルな人だけが
宇宙の純粋な鏡として、
意地悪な人にも、
身勝手な人にも
変わることのない
豊かな愛情を
表現し始めることでしょう。

                   ~津留晃一の世界より




タイ・バンコク~天然石*パワーストーン*アクセサリー専門店
☆、。・:*:・゚`Pachamama パチャママ.。・:*:・゚`☆

新年のご挨拶~2021年

2021年1月6日

新年のご挨拶~2021年

☆・゚・:*:・。あけましておめでとうございます。・:*:・゚`☆

昨年はなにかと不自由な中たくさんのお客さまにいらしていただき、誠にありがとうございました。。・:*:・゚`☆

パチャママも日ごろから応援して下さっている皆さまのおかげで7年目に入ることが出来ました。まだまだ至らない点もありますが、これからも皆さまに愛される店を目指してより一層努力していきたいと思います。

この2021年は昨年にも増して大きな変化を強いられる年となることと思いますが、いつも不動の心を持ち毎日を笑顔で積み重ねていきたいと思っています!

今後ともどうぞ相変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。
2021年も皆さまのご来店を心よりお待ち申し上げておりますm(_ _)m
弥栄


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良いお年をお迎えください!ー年末年始営業日のお知らせ

2020年12月28日

良いお年をお迎えください!ー年末年始営業日のお知らせ

本年も残すところわずかとなりました。
今年はコロナの影響で大きな変化を感じた方も多くいらっしゃったのではないでしょうか。

パチャママもロックダウンによる3,4,5月の営業休止など多くの試練を受けましたが、こうして無事に年を迎える準備が出来ました。

これもひとえに日頃よりご愛顧をいただきましたお客様のおかげと改めて心よりお礼申し上げます。

本当にありがとうございました。・:*:・゚`☆


《 年末年始の営業について 》

12月31日 10時~17時まで
1月1日   休業
1月2日   休業

新年は1月3日より通常の営業とさせていただきます。
ご不便をおかけいたしますがなにとぞご了承くださいませ。


来る年もみなさまにとって実り多く輝かしい年となりますことを心よりお祈り申し上げます。・:*:・゚`☆

新年もより一層のご愛顧のほど、何卒よろしくお願い致しますm(_ _)m



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